今回はサッカーの話です。


どんな人でも、わが町のチームとなれば応援したくなりますよね。
野球にしろ、サッカーにしろ。もちろん他のスポーツでも。


小学校で6年間サッカーをやっていた私(とても下手っぴでしたが・・・)は、サッカーはプレイしてもテレビで観戦するということは全くありませんでした。


そんな私が中学生になったころに、Jリーグが発足しました。たしか最初は10チームだったと記憶しています。


Jリーグ発足予定だったこの年の元旦に行われた天皇杯決勝戦。横浜マリノス(現横浜Fマリノス)対ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)の試合を私はたまたまテレビ見たのですが、サッカーって見てもこんなにおもしろいんだ!って思える様な試合でした。


そして同年5月にJリーグが開幕。私は天皇杯で見たマリノスのファンになっていました。松永、木村、水沼、井原、当時は本当に魅力的なプレイヤーが数多くいました。


それ以降、Jリーグのみならず、日本代表の試合や、トヨタカップなどサッカーが良く中継されるようになったので、テレビで見る機会も増えていきました。


こうなるとやっぱり地元のチームを応援したくなる訳で。でも私の住む山口県はどちらかと言えばサッカーはメジャーでは無く、プロチームができる気配なんてマイナス100%くらいの感じでした。


そして月日は流れ、Jリーグ発足の1993年から13年後の2006年。


山口県にJリーグを目指すチームができました。最初はウソ?ホントに?って思ったくらいびっくりしたものです。


1949年発足の山口県サッカー教員団を母体にして、作られたチームは、「renovation(維新)」の頭文字「レノ」と「fight(戦う)」や「fine(元気)」の「ファ」を合わせて作られた「レノファ山口FC」


今時造語でチーム名なんて、お世辞にもカッコイイなんて言えませんが、とにかくトップリーグを目指すチームができたっていう事実が嬉しかったです。


山口県はサッカーがメジャーではないと言いましたが、高校サッカーでは多々良学園(現高川学園)は全国大会の常連で、毎年そこそこのところまで勝ち上がります。そんな高校生たちが目指せるチームが地元にできたことは大きいと思います。


余談ですが、私のサッカー選手としてのキャリアは小学校のスポーツ少年団でストップです。田舎の中学校にはサッカー部なんてありませんでしたし、高校にもありませんでしたから・・・。もしも部があったら、絶対に入ってたと思います。


本題に戻りますが、そのレノファ山口、前身の山口県サッカー教員団の時は、中国社会人リーグで中位から下位くらいを行ったりきたりしてたんです。


2006年にレノファ山口になり、その年は4位。2007年は3位。そして今年ついに無敗で優勝を成し遂げました。


まぁ、昨年までファジアーノ岡山FCという強豪チームがいて、こてんぱんにやられてたんですが、そのファジアーノが一足先にJFLへ行っちゃったので、ライバルが居なくなった訳ですが。


で、先日(22〜24日の三連休)の全国地域リーグの決勝大会に駒を進めた訳です。この決勝大会には、全国9ブロックから16チームが出場できます。まず、4チームずつ4グループに分かれて戦い、グループリーグを1位通過、さらに各グループ(A〜Dグループ)の1位4チームで決勝ラウンドを行い、上位2チームがJFLに昇格という、かなり厳しい条件。


しかも、レノファ山口のCグループには、静岡FC・グルージャ盛岡・松本山雅FCと、いずれも強豪ぞろい。こりゃまた来年出直しかなって思ってたんですが・・・。


グループリーグ全勝(PK勝ち含む)で突破しちゃいました( ゚д゚)


全国的にはほとんど無名のチームで、誰も予想できなかったのではないでしょうか。


決勝ラウンド(11月28日〜30日)に進んだのは、レノファ山口他、ホンダロック・FC町田ゼルビア・V-ファーレン長崎。決戦の地は沖縄県石垣島。


ん?石垣島?遠くない?


と思ってたら今日の新聞の地方面に「決勝ラウンド進出のレノファ山口、旅費不足に悩む」みたいな事が書かれていました。


・・・。


・・・・・・。


敵はそこか!そこが最大の敵か!
そうですか・・・。


それは気付きませんでした・・・。


でもなんとかJFLに昇格してもらいたいものです。一山口県民として。
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